大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和26年(ネ)1294号 判決 1955年1月27日

控訴人(原告) 大上登志子 外一名

被控訴人(被告) 社会保険審査会

訴訟代理人 長野潔

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人等の負担とする。

事実

控訴人等の訴訟代理人は、原判決を取消す、船員保険審査会が昭和二十五年三月三十日附で控訴人大上登志子に対してなした「保険審査官の決定を取消し保険者厚生大臣は大上登志子に対し昭和二十四年十月一日以後遺族年金七万四千八百円を支給するものとす」との決定、及び控訴人河野実二に対してなした「保険審査官の決定を取消し保険者厚生大臣は河野実二に対し遺族一時金十四万四千円を支給するものとす」との決定はいずれも取消す、訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする、との判決を求め、被控訴代理人は右控訴を棄却するとの判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張、立証及び之に対する相手方の主張は控訴代理人に於て、船員保険法第六十三条所定の船員審査会に対する審査請求は訴願法の適用は受けないけれども行政処分の違法又は不当なることを主張してその取消、変更乃至原状回復を得る為訴訟手続によらずして一定の行政庁に一定の形式に従つて再審査を求める広い意味の訴願の一種に外ならないのであつて、右審査会は厚生省内に設置され、(同法第六十五条の二)、各委員は厚生大臣が之を委嘱する(同法第六十五条の三)のであり、厚生省と極めて密接な連絡がとられ易い実情にある反面受給者等民衆と何等の関係もないのであるから形式的には第三者的立場にあつても、実質的には強い独立性を有する裁判所とは全くその趣を異にしており、従つて右審査会が準司法機関であり、右審査が訴訟手続の実質を有すると解することは失当である。保険者は被保険者が傷病者たる場合に之に対してその死亡までの間各種の療養給付(同法第二十八条)は勿論傷病手当金を継続して支給しなければならない(同法第三十条)から、この間被保険者たる受給者から保険料を徴収し又一時金或は年金の算定の基準を負傷又は発病の時の報酬額に求めることは必ずしも不合理ではない。之に反して被保険者が推定死亡者なる場合その生死不明の期間中之に対し右のような給付をすることは一切不要であるから保険者の負担は軽い。それにも拘らずこの間保険料を徴収するのは被保険者が健在であることを前提としているからである。而も本件の場合ではこの間に昇給があつたものとして保険料も増額して徴収しているのである。然るに一時金、年金等の算定の基準だけは傷病者の死亡並びに三ケ月前に遡つた昇給前のものでなければならないと考えるのは不合理である。と述べ、被控訴代理人に於て、船員保険審査会に対する審査請求の法律上の性質が訴願であることは争わないけれども、右審査請求は訴願法の適用を受ける訴願乃至当該行政処分をなした処分庁又はその上級官庁に対し右行政処分の違法乃至不当を主張して再審査を求める訴願とは実体を異にし、審査官及び審査会は処分庁の上級庁又は監督庁ではなく純粋に第三者的立場で処分が違法であるか否かを決定する一種の裁判機構であつて、審査手続は一種の訴訟手続の実質を有するものである。と述べた外、原判決事実摘示と同一であるから之を引用する。

理由

当裁判所は控訴人の本訴請求は失当なるものとしたが、その理由は次の(一)乃至(三)の附加及び訂正をする外原判決に記載してあると同一であるから之を引用して右請求を排斥した原判決を相当とする。

(一)  船員保険に於て保険者たる厚生大臣は一般被保険者から徴収した保険料を被保険者全員の為に保管するものであり、結局右保険料の中から保険事故が発生した場合に支給すべき保険給付に充てらるべきものと解すべきであるから、保険者は保険給付が常に適正に行われるようはかるべき職責があることは勿論であつて、保険審査官のなした決定が適正を欠いていると思料する場合に保険者が船員保険審査会に対し審査請求をなし得ないとすれば究極に於て裁判所の審判を求められないこととなる結果保険者として前記職責を尽すことができないこととなるばかりでなく、保険給付を受ける者に右審判請求権が与えられているのに比し甚しく均衡を失する結果となるのであつて、船員保険法の立法趣旨に照らし同法第六十三条がこのような結果を容認しているとは考えられないから、この点から考えても同法条が保険者にも同条所定の保険審査会に対する審査請求権及び裁判所に対する審判請求権を与えているものと解さなければならない。而してこのように解することは右審査請求の本質が訴願であることと牴触するものではない。

(二)  船員保険法第二十七条の三第二項は最終標準報酬月額とは被保険者又は被保険者たりし者が廃疾となり又は職務上の事由により死亡した場合にその廃疾又は死亡の原因となつた疾病又は負傷の発した日の属する月の標準報酬月額であることを明らかにしているがこのように右最終標準報酬月額の基準を廃疾又は死亡の時とせずに之等の原因たる疾病又は負傷の発した時に置いたのはもし右基準を廃疾又は死亡の時に置くときは疾病又は負傷の発した時と廃疾となり又は死亡する迄の間に被保険者の報酬を変動させることにより廃疾又は死亡に際し被保険者又はその遺族に給付せられる保険給付の額を人為的に変動させることも必ずしも不可能ではない場合があり得るのでこのような結果を妨ぐ為であるものと認められるところ、このような措置の必要性は本件の場合のような船員保険法第十一条第一項により船船の沈没後三月間被保険者の生死が分明でない為右三月の期間満了の日に死亡したものと推定される場合右沈没と推定死亡との間の関係に於ても同様に存するものと解せられ、之等二つの場合の間に右取扱を異にすべき何等の理由も見出し難いから、前記第二十七条の三第二項の法意に照らし之を同法第十一条第一項の場合にも類推適用して第二十七条の三第二項所定の疾病又は負傷の発した日に該当する船船沈没日の属する月の標準報酬月額を以て所謂最終標準報酬月額となすべきものと解すべきである。従つて船員保険法第十一条第一項及び第二十七条の三第二項だけから考えても本件最終標準報酬月額の基準時が船船沈没の日であることが明らかであつて、原判決の理由中右両法条のみによつては右基準時を船船沈没日とすべきか、推定死亡日とすべきかを決し難いとしている部分を敍上当裁判所が説示した通り改める。

(三)  もし船員保険法第十一条第一項の場合につき最終標準報酬月額を船船沈没日の属する月の標準報酬月額とするときは控訴人主張のように船船沈没後推定死亡日迄の間の保険料を徴収されることが不都合のように見えるけれども(保険料は結局一面被保険者及びその被扶養者の療養の給付等の為に積立てられると共に他面各種年金等の給付の為に積立てられるものと解すべく、前記のように不都合に見えるのは専ら年金等の給付の為積立てられる分に限る)船船沈没日から推定死亡日迄の期間は例えば船員保険法第五十条の二第二項所定の遺族年金算出についての加算年数に算入せらるべきことは明らかであつて、このような点から考えれば船船沈没日から推定死亡日迄の保険料を徴収されることも必ずしも之を不当とすることはできない。尤も控訴人の主張する通り本件の場合に於けるように船船沈没後被保険者に対する報酬が増額されるときは之につれて保険料も増徴せられることとなり不当な結果を生ずるけれども、右は船員保険法及びその附属法令の欠陥の一に外ならないものと言うべく、このような不都合あるが故に本件最終標準報酬月額が船船沈没日の属する月の標準報酬月額であると解することが許されないものではない。

よつて民事訴訟法第三百八十四条、第八十九条、第九十五条を適用して主文の通り判決した。

(裁判官 小堀保 原増司 高井常太郎)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例